中崎行雄 氏


【挨拶 中浦政克会長】

高校時代野球部の恩師が退職のお祝い会での恩師のご挨拶は、これまでは教師として、教職という狭い枠の中で過ごしてきましたが「これからは社会の一員としてがんばるのでよろしく」との恩師のご挨拶から、様々な職種が集う倫理法人会の中から学ぼうとしている自分の姿と重なり、これからも広い視野で学ぼうとしておられる善き恩師との出逢いに感謝しています。

震災から2年目の奥能登準倫理j法人会開設式典の際には喜びと同時に2年前の震災直後の3か月程、観光客の入込が少なく仕事がなくなった時のことを思い浮かべておりました。

この非常時に難局を乗り切ることができたことは、社員さんと腹を割って話ができて、社長と社員さんが一体化することができたことです。このことが自分に勇気を与えてくれ、自分の殻を破ることができたありがたい経験でした。



【講話 株式会社かあてんや代表取締役 中崎行雄 氏】

演題:最高についているラッキーな人生

質の高いMSを続けるには、60分間のMSの中で一分、一瞬にも気を抜かず、本番を想定して念入りな準備を整えることが大切です。奥能登のみなさんは、是非MS日本一を目指してチャレンジしていただきたい。

10代の頃、高校時代は、サッカー選手としてインターハイに出場したり、選抜選手として活躍していましたので、自信満々の時代でした。

20代の9年間のサラリーマン生活は、営業職が苦手で、人と仲良くなることやお客さんに可愛がられることがなく、日曜日の夜には明日の仕事を想うと溜息ばかりついていたようでした。仕事をやりたいが、成果が上がらず、焦りながら、仕事がうまくいかない、そんな日々でした。

30代 バブルの入口での起業は、すべて運よく、トントン拍子に売り上げが上がるが、会社の運営を学ぶことや意義、将来性、プライドなどを社員と語る会話もなく困っていた時30代後半に倫理法人会との出逢いがありました。

会社の危機の時期に社員さんにボーナスを支給できない状態であったが、信用をなくすことが商売を続けるには何より怖いこととの先輩からのアドバイスにより、信用を取ることを実践しました。

おかげさまで今は、50代中盤ですが、多くの人との出逢いをいただき、若い頃は人前で話すことが大の苦手だった自分でしたが、今こうして人前で話している自分があり、信じられないようなラッキーな人生を過ごしています。